「どんな事でも失敗を恐れずに行動する」

「失敗はたくさんしていい」

「考えただけであきらめるなんてダメ」

 

もはや聞きなれた言葉、かもしれない。

でも、発する人によって、こんなにも胸に響くものか、と思った。

 

加計小学校の生徒たちの待つ体育館にさっそうと現れた別所キミエさん。

を、見た瞬間、どわーーーーーっと涙が出てしまい、

せわしなく涙を拭き拭きシャッターをきり続けた。

 

子供たちの前に立ち、「こんにちは」と笑顔で手を振ったキミエさん。

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今回の来町は、郵便局を通じて加計小学校の生徒たちが

リオオリンピック出場を果たしたキミエさんに

応援メッセージを送ったことで実現。

ここにキミエさんの事を書いてから1か月ちょっと、

こんなにすぐ

そんな歓迎会にお邪魔できる機会を与えていただき、本当に嬉しかったです。

 

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町長からドン舞い神楽ちゃんをプレゼントされたキミエさんは

とても嬉しそうに、実物の舞いを近づいて眺めていました。

 

そしキミエさんからのメッセージ、

子供たちにまっすぐな目を向けながら

キミエさんは話し始めました。

私の目標はリオパラリンピックの予選に上がる事だったと、

みなさんからいただいたメッセージはとても嬉しくて

写真に撮って現地で見ていた。

みなさんのメッセージにパワーをもらって、予選に進むことができ

5位に入賞できた。

リオはとても楽しかった。

どこの国の選手でも分け隔てなく応援してくれた、と。

「派手なおばちゃんとして有名になったが

本当はプレーで有名になりたかった」と明るく笑った。

 

明るくてパワフルなキミエさん、だけど

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「難病になった時どう思いましたか」という質問に

「正直、死にたいと思った」子供たちに向けて、そうまっすぐ答えた。

44歳で車椅子生活となり、リハビリが必要となったが

激しい運動ができなかったため

仕方なしに選んだのが卓球だった、と

でもやっていくうちにどんどん希望が、夢が大きくなって、

オリンピックを目指すようになった。

夢をあきらめることなく、コツコツと努力していけば

必ずそこにつながるんだよ、と子供たちに語りかけた。

「やめたいと思ったことはなかったですか」という質問には

そういう時はラケットを全く握らなかった。

マラソンに挑戦したこともあった。

気分転換することで、卓球に対する気持ちが高まり、また戻った。

「卓球は室内だから雨の日も風の日も関係なく、気楽にできる」

そう笑った。

 

自身のニックネームである「バタフライマダム」

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編み込みの髪にたくさんの蝶の髪留めを付ける。

編み込みにするのは「相手を自分の内に取り込む」

そして、蝶は「球がネット際にひらひらと落ちてほしいから」

「いやらしい卓球」を突き詰めてきた彼女らしい「ゲン担ぎ」

自分の気持ち、テンションを高めるためだ。

「今回のリオには何個の蝶を付けていったでしょうか?」とキミエさん。

答えは

「予選の時は38個」

「決勝の時は39個」

予選の38個は「ウソでもサンパチでもいいから勝ちたい」という気持ちから

そして39個は「サンキュー、すべての人たちに感謝を込めた」

自分のため、そして、自分を応援してくれる全ての人のために

1つ1つ想いを込めた蝶を付け、戦ってきた。

 

「ゲン担ぎ」の蝶は試合の時だけで普段は付けない。

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「普段も付けてたら頭がおかしいと思われるから」と

「バタフライマダム」スタイルを間近で見たかった子供たちは

ちょっと残念そうだったけど

バタフライマダムでないキミエさんもとても素敵だった。

 

今回のリオではメダルを手にすることはできなかったけれど、

子供たちからメダルをプレゼントされ、

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そして、加計小ファンファーレバンドの演奏、

「ふるさと」の曲と「メダル」はキミエさんの心に響き、パワーになった事でしょう。

 

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子供たちからの「金メダル」を胸に颯爽と、次なる挑戦へ!!

 

彼女の魂の「メッセージ」

子供たちはきっとしっかりと受け取ったはずです。

 

私はカメラ越しにキミエさんを見ることでいっぱいいっぱいで

今はただただ号泣してしまうだけだからとすぐに退散したけれど

またいつかのチャンスに笑顔でお会いしたいです。

 

 

 

 

 

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